最近旅行記ばっかりだったので、趣向を変えて、ちょっとまとまった文章を書いてみようと思う。

テーマはモネの「日傘の女」の絵について。

mone00mn102a19239371

左から
①『散歩、日傘をさす女』 1875年 ワシントンナショナルギャラリー所蔵
②『日傘の女(右向き)』 1886年 オルセー美術館所蔵
③『日傘の女(左向き)』 1886年 オルセー美術館所蔵

人物画をあまり描かないモネの作品の中で一番有名な作品たちだろう。

②と③(またはどちらか)はオルセー美術館展や実際のオルセー美術館で見たことがあるはず。
その後、六本木のワシントンナショナルギャラリー展で①を見た時の感激は②や③を見たときと比べものにならなかった。
断然こっちの方がいいと思った。
絵が発し続ける光に包み込まれ、なんとも言えない幸福感を味わえる。
何時間でも見ていられそうな絵だった。

その後数ヶ月して『美の巨人たち』で②の絵が特集された。
「私は①の方が好きだけどな〜」と思いながらも番組を見ていると、②は②ですごく良い絵に思えてきた。

ここから番組の内容に基づいて、3枚の日傘の女について書きます。

この中で一番最初に描かれたのは①。

mone00

モデルはモネの妻のカミーユと息子のジャン。
この絵では他の2枚と違って女性の顔がはっきり描かれている。

「柔らかな日差し、愛する妻と息子がこちらを見つめている。
今ここにある限りない幸せ、その一瞬をキャンバスに収めた。」
ナレーションの小林薫はそう語る。
溢れ出る幸せ、その瞬間を描いた①。

しかしこの絵が描かれた4年後に妻のカミーユはこの世を去る。
悲しみに打ちひしがれるモネ。

その7年後に再び描いた日傘の女が②と③。

mn102a

青い空と白い雲、柔らかな日差しの中で日傘をさす女性。
これは亡きカミーユをイメージしているのだ。
(実際のモデルは、後に再婚するアリスの連れ子だと言われている)

①と違って顔の表情がぼんやりしている。
表情は描けなかったのか、描きたくなかったのか。
移りゆく一瞬の光を捉えようとしたことで有名なモネ。
「『今』を描く画家が描いた追憶」として、この「日傘の女」は特別な一枚である。

②と③の絵の女性は腰に赤い花をさしている。
カミーユと幸福な時間を過ごした街、アルジャントゥイユの象徴、ひなげしだと言われている。
そのことからもこの絵で描こうとしたのはカミーユであることがわかる。

②と③でも違いはある。

19239371

②には影がない。

②に影がないのは、亡くなった妻カミーユへの惜別の気持ちを表しているという。

モネのパトロンであったエルネスト・オシュデの破産に伴い、彼の妻であったアリスとその子供たちと同居するようになったモネ。

アリス・オシュデとの魅かれあっていく関係。
アリスとの関係はカミーユの生前から始まっていたと言われ、カミーユも気づかなかったはずがない。
奇妙な空気が漂っていたようだ。

アリスはモネと結婚する前に一度別れを切り出すが、その別れの言葉に対してモネが書いた手紙が残っている。

「私は新しい試みに取り組んでおります。私の納得するままに風景画のように戸外の人物を描くことです。」

この手紙の後に②の絵を描いたモネ。
その絵は、人物の存在感が乏しく、淡く背景に溶け込むような印象を受ける。

「いとしい人を風景画のように描く。
追憶と惜別の風景として。」
だから影がない。

これ以降、モネは人物画を描いていない。
おそらくカミーユ以外の人物を描くことに興味なかったからだろう。

モネは②の絵の出来に非常に満足し、生涯売ることがなかった。

1892年、カミーユの死から13年後、モネはアリスと結婚する。

アリスがモネの絵のモデルになることはなかった。

以上が『美の巨人たち』で解説されていた内容。

この話を聞いて、光輝き幸せが溢れている①もいいけど、その場にはいない人への想いを込めた②も深くていいなーと思うようになった。

今②や③を見たら、これまでとは全く違った見方ができるに違いない。
またオルセーへ行かなければ。